正しさに貪欲(どんよく)であること

 何の根拠もないけど、ニートだのひきこもりだのの一部は「正しさに貪欲かつ忠実」な人間なのかもしれないと思った。そういう人間を肯定も否定もするつもりはない。単にそう思っただけのことなんだけど。
 自分の中の正しさと社会のあれこれのギャップが許せない、よく言えば純粋で真面目な人間なんじゃないかなぁと。無論、ただのぐうたら(私のような)であるとか、ただのワガママ(私のような)であるとか、ただの人間嫌い(私のような)である場合のほうが多いんかもしれん。でも中にはきっと、己の正しさを信じるがゆえに防衛せざるをえないような、真に正しいかどうかは別として、馬鹿正直に美しい人がいるといいなぁと。きっといるはずだと。そんなことを思う。
 効率に縛られた社会システムの一人歩きに、またはみんなの自分勝手の集合体としての似非道徳に、ついていけないついていきたくない人間の選択肢がほとんどない時代なのかもしれんとか思った。自分でも観念的というか抽象的というか断片的というか曖昧な文章すぎてあきれるけれど。そんでもって手元には便利すぎるツールや、生命維持の手段だけは、かろうじてある。そんなよーな状態なんかなぁ。よくわからんけど。
 日本中のひきこもりやニートをひとりのカリスマが煽動?して何かしらの組織的活動をする小説とか、あってもいいかもしれん(私はまるで本を読まない人なので既にあっても知らない)。彼らの理想・理念のようなものは美しく、立派で、非常に正しいものである。けれど彼らをひきこもり・ニートでいさせる何か(精神的な特性のようなもの)のせいで最終的に壊滅する、という物語。微妙。
 いつもどおり纏まらないし飽きてきたので終わり。思考の持続力のないことよ。