理性と感情について

 新カテゴリをバンバンつくるぜこんちくしょうねむい。「独断と偏見で書いたどうでもいい話です」という看板のついた文章を誰が望むというのか!!俺は馬鹿か!
 「男性は理性的で女性は感情的だ」みたいな考え方があるじゃない?そりゃ個人差は大いにあるだろうけれど、あながち嘘800ってほどでもないと私は思うのですよ。ねむい。
 んでね、太古の昔、男の武器は頑丈な肉体で、よく狩る男がいい男だったんだよね。たぶん。
 でも狩ったり、争ったりするのはやめちゃった。たとえば全ての単位がお金に変わったから。たとえば法律による秩序が生まれたから。んで、男の武器は理性であり、知性であり、生産性である、という状態になった。
 でもさらに世の中進んで、それらもあんまりいらなくなってきた。そう思うのよ。複雑だったことが、だれでも簡単にできるようになったからね。無論そうなるように、人々が努力してきたからであるから、悪いことじゃない。
 今でも生きている男性の武器なんて、いわゆる高度な理系能力くらいのもんじゃないんかなと。はてなダイアリにはプログラマ様がけっこういるようで、かっちょえーなーとニートもどきは思う。うん。
 とにかく、男社会は、自分の身体能力としての合理性を、長い歴史の中で、いっぱい外に作り上げてきたのよね、と思った。語彙に乏しいからいいたいことが伝わってるか心配だけど。
 んじゃ女性は?っつーと、今も昔も変わらず武器を武器として持ちつづけ、いい意味で進歩せずやってきた。と思う。(女性蔑視だと感じたら苦情はコメントにて。誠心誠意謝ります。)
 んでね、男性がその身体から急速に武器を失っていく、その正しい過程の結果、相対的に女性のほうが強いということなんだろかね、現代という時代は、みたいなことを思いついたのよ。ま、根拠薄弱は毎度のことなんだけどさ。
 「だから何?」みたいなだらだら感が程度の低い文系の持ち味だから許してねむい。おわりねむいねむい。