ゴキブライズドルーム

ろくに食料のない、清潔なマイルームにゴキブリさんが出た。母の部屋に行きスプレー式殺虫剤を入手。さっそくハンティング。
最終的に彼はテレビの裏側の壁面に逃げ、そこで集中的に殺虫剤の霧を浴びて果てた。死に際、覚悟を決めたかのごとく壁を登りながらこちらに向かってきた勇姿からすると、前世は軍人だったかもしれぬ。軍隊で人をたくさん殺し、その罰としてゴキブリさんにされてしまったのではあるまいか。
そしてかれの遺体は、テレビの裏の配線と埃で構成された我々の手の届かぬ空間へ、ぽとりと落ちた。テレビと光回線の機器の電源、光回線にLANケーブルがごちゃっとスパゲッており、そこに埃が初雪のようにやさしく積もっている。そんなところで彼はその命を落としたのだ。
問題は彼の遺体を回収する方法である。まず手が届かない。テレビ台にはキャスター?*1がついており、容易に動く。動かせば遺体の回収もできそうなものだが、ケーブル類が動かせないのだ。およそ1年半前のぼくは、配線の残りケーブルを、ジャストな長さですべて束ねてしまったからである。それをほどくことは、いたずら半分に封印のほこらに入り、魔王をよみがえらせてしまう子供のように、あとさきを考えない愚かな行いである。無理な体勢を取れば手は届くかもしれないが、見ながらの回収は不可能であると思われた。
というわけで、まずセロハンテイプによるくっつけ作戦を敢行することにした。母親の部屋に行きセロハンテイプを入手、びろーんとのばし釣り糸のように垂らして、遺体をその粘着力によって回収しようと試みたのだ。結果は失敗に終わった。彼の体が殺虫剤でべたついていたためか、セロハンテイプの粘着は埃のみを回収し手元に戻ってきた。
彼にテイプをぐっと押し付ければ、いかに殺虫剤でテカっている*2彼の遺体でもくっつくかもしれない。というわけで今度はさらに棒を使う作戦に出た。棒は、いつもマイルームの入り口(引き戸)の閂がわりに使っている、いわゆる突っ張り棒である。その棒の先にセロハンテイプを粘着面を表に出すように巻きつけ、それで彼の遺体を回収しようという試みである。「つくってあそぼ」のわくわくさんが、セロハンテイプの粘着面を外側にして輪を作るように貼り、それを両面テープのように使って工作をしていたのを思い出す。確かその簡易両面テープを「ぺったんテープ」と呼んでいた気がするが、普通のテープも粘着はするのでそのネーミングはどうだろう。閑話休題、結果は失敗に終わった。やはりセロハンテイプは埃のみを付けて戻ってくる。そして棒をぐっと押し付けると、力が入りすぎてなんだかひどいことになりそうな予感がしたのであきらめた。ゴキブリさんを触ったであろうセロハンテイプを棒からはがす作業が待っていたのも、大いなる誤算だった。
「掃除機で吸ってしまえばどうだろう!」夢のようなアイデアだと思ったが、我が家の掃除機は生意気にもダイソン製品であった。ダイソンの掃除機はサイクロン方式によって1.吸引力が落ちない、2.紙パックがいらない、といった利点がある。紙パックがいらない、つまり彼の遺体は掃除機内のゴミがたまる部分に直接入ることになる。そして、ゴミのタンクはゴミの溜まり具合が分かりやすいよう透明のプラスティックでできているのだ。透明のゴミタンクの中にいつも彼の遺体が安置されているなどという現実と、このぼくがむかいあえるはずもない。タンクは先日カラにしたばかりで、すぐに遺体をそこから別の場所に移すのはコスト的に不合理だとも思えた。
救助を一時休止して吹雪がやむのを待つ山岳救助隊のような気持ちになったわけでもないが、とりあえず行動に移すのをやめ、ぼくは彼の遺体を収容し手厚く弔う術について模索することにした。気がつけばテレビを見ながらネットサーフしていたが、情報収集していたのであろう。
そうこうしていると母がやってきたので事情を説明すると、母は無理やりな体勢でテレビの裏に手をつっこみ、直にゴキブリさんの遺体をひっつかんだ。そして「はい」といって私の前に突き出してきたのである。私はぎゃあと叫んで、その後「そんなもんいらんわ」と言った。母は直にゴキブリさんをゴミ箱に入れ、手も洗わずに自室へと消えていった*3
というわけで、ぼくは母に一生勝てない。

*1:あのタイヤみたいのはキャスターで正しかったか自信がない。それでもぼくはググらない。

*2:彼はそうでなくてもテカっていたが。

*3:手を洗えと言っておいたので、その後洗ったとは思う