かっこいいについて
かっこいいパーツをよせ集めて、「かっこいい純度」を100%に近づければ近づけるほど、そうやって作った何か(キャラ、漫画、ゲーム、音楽、ファッション何でもいい)はかっこ悪くなる*1。むしろ笑えるくらいにダサい。何故だろう、という疑問がずっと昔から頭を離れない。何だか私は「かっこいい」にあまり肯定的ではない。
昔、だれだか絵描きが(失念)「変なキャラを描こう、と思って描いたらダメなんです。描いてたら変なキャラになるのはいいんですけど。」という意味のことを言ってたので、そういうことなのかもしれん*2。
つまりかっこいいことは目的であってはならないのかもしれん。副次的であらねばならぬのか。
ではホストとは何か。あれこそかっこよさ、雰囲気の塊ではないか。ん?そういえば女性は「かっこいい純度」の高いものに弱いな(そうでない人もいることは理解してます)。性別による価値観の問題なのかねぇ。でもお姉さんとお酒飲むお店もあるよな。うーん。
「高純度の「かっこいい」は変質しやすい。」そうなのだと思い込んで思考停止するのが不快なので、誰か何か思い当たったらコメントほしいです。無記名でもいいので*3。
何だかんだで、かっこよさの正体はいまだ闇の中にあり、ゆえに私はかっこ悪いままでいる。いや、下手に「かっこいい純度」を上げてナルシストに浸りたいわけでもなんでもないんですけどね。