これを下ネタととるならば、まぁぼくも下ネタくらい書きますよ、とか返事するよりほかどうすることもする気になれない程度にはほんのりそっち方面の話

 3大欲求といえば、食欲、睡眠欲、アレだと思うのですが、なぜ「快食」、「快眠」ときたら最後はアレじゃないほうのアレなんでしょう? どっちもどっちでアレではありますが、方向性は違うよね、みたいな疑問があるということです。
 仮説1「アレは原則として快であるのが普通だから」
 仮説2「そういうことを大真面目に大っぴらに言うのが前者、学問の世界のことばで、後者は、健康の世界のことばだから」
 仮説3「本当はそうではない。昔は『快○○』があと280個くらい並ぶ表現が一般的だったとか、そういうの。」
 仮説4「そういえば食事・睡眠・アリナミンてCMがあったな」
 仮説5「便秘薬のCMで土偶が出てくるのがあったけど、あれは祖先に対する冒涜じゃないのか。しぶといアレじゃないほうのアレと豊穣か何かを祈った祖先の文化の結晶を似たものとして扱うだなんて」
 仮説6「ストッパはなぜ右のポッケでなければならないのか。普通カバンの中でしょう。ポッケに入れて使うほど頻繁にそういう症状になるなら、どこに持ってるかくらい覚えておきなさい」
 仮説7「アレじゃないほうのアレといえば、カレー味のそれとそれのごとき味のカレーで『究極の選択』とかいうくだらないネタがありますが、それのごとき味のカレーを作る人間の苦労を思うと素直に悩む余裕などなくなりますよね」
 仮説8「アレの話をするとわりと鬱になるあたくしのような人に対する配慮」
 仮説9「アレとアレじゃないほうのアレは同一であるとする趣味の人間もいるけど、考えると気分悪くなるので無視することにする」
 仮説10「飽きたし、きりがいいから終わり」