無題

 一時間くらい、かける言葉を考えたけど、見つからなかった。正確には、いくつか思いついた言葉たちは、どれもみんな自分で反論ができたので、言うのをやめた。
 ぼくが会社でする朝の挨拶は、「お」と「は」と「よ」と「う」と「ご」と「ざ」と「い」と「ま」と「す」を続けて音に出しただけにすぎない。ぼくの言葉には心がないらしい。よく言われる。というわけで、何を言っても嘘っぽいらしいので。
 どんなに上っ面の「がんばれ」だって(もしくはそれが「がんばってねぇだろ」と同義であっても)、何も言わないよりもあたたかい感情に満ちているのかもしれないけれど、ぼくは自分が本当に心を持たないと(自分に)知れてしまうのが怖かったり、結果として相手を傷つけてしまうのが怖かったりと、どこまでも臆病で狡猾なので、何も言えやしないのだった。
 そのくせぼくはさらに狡猾で、「一時間くらい、かける言葉を考えた」とは書けてしまうのだ。ま、嘘をつくほど程度の低い人間ではないだけマシだが。