昨日の話

 またフィリピンパブ(前とは違う店)にのこのこついていったですよ。友達がいないので、誘われると「行ったほうがいいんだよな」とか思っちゃうんだもの。
 結局、ぼくが求めているものと、ふつうフィリピンパブに来る客が求めているものは違いすぎる。ぼくはやっぱり皇族よろしくにこやかに行儀良く座っていて、おねえさんに「アナタマジメネー」と5分に一度くらいの割合で言われ続けてきた。おねえさんは退屈していたらしいのだが、2時間5000円も払って、ぼくのほうが彼女に気をつかうのも妙だと思ったので、退屈な時間に付き合わせた。何度かごめんなさいと言ってはみたが。2時間の退屈に耐えて5000円もらえるならば(いくら彼女の手取りになるか知らんが)、そんないい仕事ないと思うが。
 「アナタフィリピンではもてる」と言われたが、今思えばみんなに言っているのだろう。そのときは少しだけ海外移住を考えた。あとタガログ語が分かったら違う楽しみ方ができるだろうと思った。従業員同士の本音の会話が聞けるだろうから。そんな話を、運悪くぼくの隣にいた女性にした。いやな客だね。笑ってたけど。
 ぼくは(自分ではそう思わないことも多いが)わりと抽象的で小難しいこと、関係ありそうで関係ないことを言うのが好きなので、日本語での意思疎通が不確かな状況であるところのフィリピンパブではポテンシャルが生かせないらしい。そもそも、ぼくは日本人相手でも会話が続かない。だめだこりゃ。
 言っておくが、つまらなかったわけではない。楽しかったのだけれど、周りからはそう見えないだけのことなのである。ぼくが「これでいい」と思う距離はみんなからすれば「それでいいの?」という距離だというだけなので、放っておいてほしかった。とはいえ、おねえさんは横にいたほうが嬉しいんだけどさ(正直)。横にいて、いっしょににこにこしててくれたらいいんだけど、それではいけないみたいなのね。それ以上じゃないと。
 結局ぼくが夢想しているのは、ゼニを払っての「恋人契約」なのであって、単にセクハラまがいのことがしたいだけの客よりもずっとタチが悪いのだ。それこそ恋愛軽視であって、女性軽視であって、何より自分自身への軽視なのだ。いわゆる売春の話でたまに出てくる「カラダは売ってもココロは売らない」というテーマがあるけれど、ぼくはカラダなんかいらないからココロを2時間5000円で買おうとしているゲスなのだった。
 そういうことを確認するたびにほんのりとした憂鬱に襲われるけれど、それでも、横にいて周りの馬鹿騒ぎを眺めている女の人にぼくは2時間5000円のくだらない恋をしていて、そしてぼくが望んでいる契約を理解していないであろう(当然だろうが)女の人は、「アナタはS?M?ドッチ?」とか周囲の話題にあわせて聞いてきたりする。いきなり「アナタ、マニアデショー」とかちょっと距離のある席の女の人に言われたときはブン殴ってやろうかと思った。
 べつにフィリピンだからどう、日本人だからどう、ということは何もなく、ぼくはああいった店ではどうにもこうにも疎外感を抱かざるを得ないわけで(そりゃそうなんだけど)、じゃあ行くなよ→疎遠→トモダチイナイヨ、といういつもどおりの流れが生まれる以上に何もすることはないぜ。いっそ死ぬか(冗談ですよ念のため)。
よく分かるようでよく分からない引用。

 まいにち まいにち タイヤキ焼いている
 店の おじさんが いやんなっちゃって

 ある朝 海に飛び込んだのさ